1.概要
自分で設計し製作した12BH7Aステレオ・オーディオ・パワーアンプが所期の目的を達成し、半世紀にわたって溜め込んだカントリーミュージックを毎日書斎で楽しんでいます・・・無線室も兼ねていますが、もうオーディオには勝てないでしょう(笑)。
それでこのパワーアンプについて気になる点が二つばかりあって、これらについて考察をしてみました。
(1)歪が大きい
(2)低音が出にくい
2.歪の問題
これは真空管そのものの特性に依存している部分が大きいとは思いますが、これが原因でアンプのリニアリティがそれほど良くないので混変調歪も結構大きいと思われます。音楽のような複雑な音源の場合、この歪みが音の濁りとなって出てきます。そこで歪率を改善する手法について考察してみました。それはアンプの出力から入力に負帰還を掛けるというもので電子工学の教科書に必ず出ていますし、ネットにも簡単な解説が載っています。負帰還増幅器の原理図を次に示します。
負帰還増幅器についてちょっと纏めておきます。まずは負帰還増幅器の利点です。
(1)開放利得のばらつきの影響が小さくなる
(2)歪を抑制できる
(3)周波数帯域を広げることが出来る
一方、欠点は次のとおりです。
(1)利得が下がる
(2)使用環境によっては不安定になりやすい(発振することがある)
といったところですが、詳細は専門書に譲るとして論点を歪改善にフォーカスして述べます。
負帰還増幅器の入力と出力の関係は次のとおりです。
G=Vo/Vin=A/(1+βA)
詳細な計算過程は省略しますが歪の電圧(歪だけではなく雑音、誤差なども同じ)Vdは負帰還を掛けると次のとおり改善されます。
Vd´=Vd/(1+βA)
ということで、歪を改善するのに負帰還の技術を使ってみることにします。
3.負帰還増幅器
先ずは、分かりやすいように回路図をみて負帰還の技術を理解していくようにします。負帰還を施した12BH7Aオーディオパワーアンプの回路図を次に示します。
出力トランスの2次側からドライバー段の入力(実際はカソードバイアス)に帰還を掛けます。帰還量βは次のとおりです。
β=470/(910+470)=0.33
出力からの負帰還はこのとおりなのですが、ドライバーのカソード電流でも負帰還が掛かってその量はカソード電流(=プレート電流)とカソードの帰還抵抗(470オームと910オームの並列抵抗値=300オーム)の積です。これらの負帰還回路をモデル化しパワーアンプの数学モデルを作成しました。
シミュレーターを動かして負帰還の有り無しで波形と歪がどのように改善されるか確認してみました。アンプの入力に最大出力が得られる許容最大入力の0.85Vop=0.61Vrmsの1kHzの信号を入力し波形と歪を確認しました。
出力波形(負帰還無し)
出力波形(負帰還有り)
歪(負帰還無し)
歪(負帰還有り)
帰還率β=0.33で出力が0.45Wから0.1W弱まで低減してしまいますが歪率は約18%が約5%と大幅に改善されます。ちなみに、負帰還を掛けないで出力に0.1W弱を出力した時の歪は次のとおりです。
シミュレーション結果より、最大出力が得られる入力において負帰還の効果は約11dBで歪の電圧は約1/4に減少することが分かります(ただし出力も減少するんだけど・・・)。また同じ出力(約0.1W)で比較すると、負帰還の効果は約5.4dBで歪電圧は約1/2に減少することが分かります。
これはパワーアンプの増幅率A=2.86、帰還量β=0.33とすれば、
負帰還付きパワーアンプの増幅率G=2.86/(1+2.86x0.33)
=2.86/1.94=1.47(3.4dB)
すなわち、負帰還増幅器の増幅率も歪も負帰還を掛ける前の約1/2となって理論どおりの結果が得られることが分かります。
(注)初段カソードの負帰還抵抗による利得の低下が約1dBあります。
以上の考察とシミュレーション結果から歪改善に負帰還の手法が効果のあることが分かります。
4.低音の問題
これは出力トランスが原因であることは分かっているのですが、現状トランスのパラメーターを正確に知る方法をアマチュアの分際では持ち合わせていなく、噂を信じて行き当たりばったりの設計製作で皆さん満足しているものと思います。まずアマチュアが入手できるトランスには仕様書らしきものは無く、あっても一次インダクタンスのような重要な特性の記述はまずありません。それじゃぁと自分で測定しようと思っても自分の持っている測定器では範囲外(インダクタンスが大きすぎる)となって測定できないのです・・・プロはプロ用のそれ相応の測定器で品質管理しているものと信じたいですが・・・(笑)
それで実際のパワーアンプの周波数特性から逆に出力トランスの一次インダクタンスを予測し、一次インダクタンスの大きさがどのように低域の特性に影響するのか探ってみます。
5.アンプと出力トランス周辺の数学モデル
出力トランス周辺の数学モデルを次に示します。
トランスの各パラメーターについて説明します。
R2=350オーム・・・出力トランス(TX1)の一次巻線抵抗で実測値です
L1=38mH・・・出力トランス(TX1)のリーケージインダクタンスで実測値です
C1=160pF・・・一次側から見た出力トランス(TX1)の浮遊容量で実測値です
IND・・・出力トランス(TX1)の一次インダクタンスでパラメトリックに変数指定
R3=1.5オーム・・・出力トランス(TX1)の二次巻線抵抗で実測値です。
この数学モデルを用いて一次インダクタンス(IND)をパラメトリックに振って実際の周波数特性と近い一次インダクタンスを探りました。その結果、一次インダクタンスが10Hの時実測値とシミュレーション結果がよく一致するので、出力トランスの一次インダクタンスは10Hと想定することが出来ます。
ちなみに、低域の遮断周波数50Hzはほぼ一次インダクタンスと真空管のプレート抵抗で決まっており、高域の遮断周波数55KHzはリーケージインダクタンスと浮遊容量で決まっています。そこで、シミュレーターで一次インダクタンスを10倍にすると周波数特性がどのように動くのか見てみました。その結果を次に示します。
予想どおり一次インダクタンスを大きくすると低域の遮断周波数は低い周波数へと移動します。このことから低音の音を改善するには出力トランスの一次インダクタンスがある程度大きくないと駄目なことが分かります。すなわち、低音の問題を解決するには思い切って価格が高く形状の大きく重たいトランスを選ぶのが一番よさそうですが、、アンプ全体の大きさ及び価格と相談していかに妥協点を求めるかという事ですね・・・
低音をガンガン出すにはどうすればよいかを纏めてみると次のことが言えると思います。
真空管アンプの出力段の真空管はプレート抵抗の小さい球を選ぶ=プレート電流が流せる球を選ぶ=ハイパワーな球を選ぶ
というのと、出力トランスの一次インダクタンスは出来る限り大きなものを選ぶ=大きく重たいトランスを選ぶ
ということになって、低音がガンガン出せる究極の真空管アンプはハイパワーな馬鹿でかいアンプであることが分かります。
【参考】
低域の遮断周波数を決めているのは・・・
(1)C2=0.1uFとR5=240kΩで決まるカットオフ周波数
f=1/2πCR=6.6Hz
(2)Rp+R2=6.15KΩとIND=10Hで決まるカットオフ周波数
f=R/2πL=98Hz
(注)Rpは真空管のプレート抵抗(設計上5.8KΩ)
高域の遮断周波数を決めているのは・・・
(3)L1=38mHとC1=160pFで決まるカットオフ周波数
f=1/2π√LC=65KHz
理論値とシミュレーション結果は大体合っていると言えると思います。
(注)前段(ドライバーアンプ)の周波数特性は無視している事を考えれば実機の実測値ともよく合っていると思います
【追記2020.7.19】
トランスの二次インダクタンスを実測し巻数比から一次インダクタンスを類推するという手法で一次インダクタンスを推測してみた(リーケージインダクタンスの影響があるのとインダクタンスは巻数の二乗に比例しますから誤差はかなり大きいと思いますが・・・)。
トランス単体ではなくアンプに実装した状態なので、数々のエラーもあるかと思いますが次のような値でした(試料数2、複数回測定)
Lpri=24H
この値から低域の遮断周波数を求めると、
f=R/2πL=41Hz
となって、アンプの周波数特性の実測値とかなりよく合ってきますね・・・
下記も参照ください。
12BH7Aオーディオパワーアンプ設計編
12BH7Aオーディオパワーアンプ電気性能編
12BH7Aオーディオパワーアンプ機械性能編